質問と回答

3.人間以外の生物が社会情報を使うことはありますか?

投稿日時: 07/04 中島 聡

 

 「ホーホケキョ」という鳴き声が聴こえたときに声がする方に近づくと、「ケキョケキョケキョ」と仲間の鶯に良からぬ輩の接近を伝えます。人間だけでなく、「鶯(鳥)も社会情報の使い手である」は正解でしょうか。

 質問者 「岩石落とし」さん

回答

 残念ですが不正解です。人間以外の生物は社会情報を使うことはできません。

 解説・説明

  社会情報は「人が意図的に記述、描画、動作などにより交換し合うあらゆるもの」と定義されています。したがって、人以外の生物が社会情報を使うことはできません。という、紋切り型の回答では面白みがなく、素直に納得しない方も多いと思います。定義なので変更することは可能。ならば定義を変えてしまえばOKに…と、ならないところが基礎情報学の奥の深いところ。何の考えもなく、思いつきで人に限定しているのではありません(西垣先生を侮ってはなりません!)。そこには成果メディアの存在の有無があるのです

 メディアとは情報を媒介する手段のことです。一般的には、電話や郵便などの通信ツール、テレビや新聞などマス・コミュニケーションにおける伝達手段、さらにはCD、DVD、USBメモリなどデジタル記憶体、(主にアナログを強調するために)紙なとを指すことが多いと思います。基礎情報学では、これらを「機械情報を物理的に媒介する機能」として伝播メディアと呼んでいます。伝播メディアは記号を送る(媒介する)ための手段ですから、意味内容を送る(媒介する)ことはできません。そもそも原理的に意味内容を伝達することは不可能なのでが、現実として伝わっていると判断できるような場合もあります。つまり、擬似的な伝達ならば可能、ということになります。この擬似的な意味内容の媒介を行っているのが「成果メディアなのです。「社会情報を論理的/感性的に媒介する機能」として成果メディアは定義されていますが、重要な点は「心的システム内に存在する機能である」ということです。
 
 人は、その人の成果メディアによって言語記号と意味を結びつけています。例えば、「椅子(記号)」から「腰掛けるときに使用する家具(意味)」を結びつけ、連想できるようにしているのが成果メディアなのです。ところで、この「椅子=腰掛けるときに使用する家具」の繋がりを、あなた自身はどこでどのように構築したのでしょう?思い出してください。親に教えてもらったり、学校で習ったりしたからなのではないでしょうか。つまり学習した訳です。成果メディアとは学習(勉強のような狭い範囲にとどまらない広い学習)の結果に他なりません。逆に、学習していないものに対しては何の作用も起こしません。未学習の外国語が意味不明なのはそのためです。成果メディアとは学習によってもたらされた後天的なものなのです。後天的なものだからこそ、育った社会によって使用する言語が違ってしまうのです。
 
 このことを踏まえてご質問の鳥の鳴き声を考えてみましょう。鳥の鳴き声の研究により、それぞれに何かしら意味があることは明らかになっているようです。問題は、それが学習なのが、それともいわゆる本能なのか、という点です。仮に学習だとしたら、鳥は誰から学習したのでしょう?親鳥でしょうか?ならば親鳥の学習を受けることができなかった人工抱卵器で生まれた鶯は囀ることができないでしょうか?逆に、鶯は学習すれば(そもそも学習そのものが可能かどうかはともかくとして)他の鳴き声が出せるのでしょうか?インコや九官鳥ならば可能!それはそうかもしれませんが、鶯の話ですよ(笑)。 
 鳥の鳴き声は、骨格の構造や本能を含め、進化の過程で自然選択(自然淘汰)された結果(生物の外界に対する構造的カップリング)で、その種固有のものです。ちなみに、人間の場合、世界のどの地域で産まれる赤ん坊も生後しばらくはラ(A)の音程で泣くそうですから、これは本能と言えるかもしれません。しかし、その後成長するに従って…説明するまでもないですね。
 
 生物種としての進化結果である本能と、心的システムの進化結果である成果メディアは、まったく別の次元の話です。本能を獲得するには世代を超えた長い時間が必要です。そう!本能と生命情報は繋がっているのです。一方、成果メディアは極めて短時間に形成され、変化し、可逆性のため消えてしまうこともあります。この成果メディアの特徴により日本語が変化し、それが時として問題とされるのです。最近、技術の改良・改善・進歩を進化と称することが多々ありますが、非常に問題ですね。技術には必ず何かしらの目的があるのに対し、進化は無目的。この2つを同じものと捉えるなんて頭が…。

 閑話休題。
 
 社会情報に成果メディアが必要なのは理解していただけたとして、人に限定しているのは何故でしょうか。実は、成果メディアが構築されるのには、心的システムがあるレベルに達している必要があります。例えば、心の理論ならば志向意識水準が四次以上であること、などです。心の理論についての説明は省略しますが、実験によるとチンパンジーなどの類人猿でさえもせいぜい二次までなのに対して、人間は四次から六次という結果です。つまり、成果メディアには高度な脳の機能が必要なのです。そして今の所、その脳機能は人間でしか見つかっていません。このことより、成果メディアを構築可能な心的システムを所有しているのは人間だけで、そのため成果メディアと不可分な社会情報を使えるのも人間だけということになり定義文が真となる訳です(ん〜、実に論理的)。
 
 日本人は鳥の鳴き声に限らず虫の声(そもそも口から出ているので声ではない)にも 何かしらの意味を見出してしまう世界的にも特異な文化を持っています。また最近では、生成AIの返答にも意味を見出してしまう人もいるようです。進化の産物にも、ビッグデータからの計算された表層的な表現にも、意味を見出してしまうのは、その人の成果メディアの所業なのです。